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外來韋編2の"謎"に関するつっこみ

ツッコむの躊躇してたけど、
やっぱ我慢できなくなったから記事にする。
基本的に東方の個別設定とは関係の無い話です。
P9
「(設定や描写は)はっきりしたほうがいいと思いますけどね。(中略)
今生活してる世の中は、疑問に対して調べれば答えがわかるじゃないですか。
でも、疑問があっても答えがわからない、そういう世界が正しいと思うんですよ。
この世は存在しているでしょう?だけど、誰に聞いても存在している理由はわからない。」

P10
「こんな情報化社会で、答えがわからないものって存在すると思わないんですよ。
皆は謎を求めてる。自分で調べられそうで、答えがありそうだけど、調べてもわからないってものを求めてるんで。」
「楽しいよね、実際は答えがあるんですよ。」

・・・、これおかしくね??前提が合ってない。

調べて答えが出てくるものって本当に一握りで、身近なもの。
それらになぜ答えが出るのかは今までの先人の積み重ねによるものでしょ。
最初に誰かが解き明かしたんだよ。謎であったものを誰かが人に聞くことなく切り開いたの。
一回でも研究をしたことがある人ならわかると思うけど、
研究って、人に聞いてもわからないからこそ自分で調べるわけじゃん。
神主の言葉だとこの「人に聞いて調べる」と「自分で調べる」を混同してるのかしらんが、
とにかくこの二つは違うもんで、違うからこそ研究職がある。

宇宙の言語を人間の原語に翻訳にする職業だからね。

例に倣えば、この世がなぜあるのかは解き明かされていない。
でもその謎を謎のまま放置してるか?してないだろ。
世界的に色んな人が宇宙がどのようにして生まれたのかを研究してるじゃん。
その人たちは調べてもわからないと思ってないよ。
調べていけばいつか解き明かされると信じて調べてんだよ。
謎を謎のままにしておけないから研究すんだよ。
わかんないならわからないままでいいですとはならんの。

本題はここから。
現実と創作物を一緒にしちゃあおかしくなるよ。
現実は、謎と向き合ってわからないなら自分で調べることができる。
知識持ってそうな人から聞くって意味じゃないぞ、自分で直接謎を解明するってことだ。
現実に神はいない。だから自力で調べるの。
でも創作物はそうはいかない。
常に上から下へ情報が流れていくだけ。
人(作者)に聞くしかないんだよ。
創作物には神がいる。目の前にいて人語を喋ってる。

ここで、創作物で現実のような謎を残したんだと言われても、
我々には何ができるんだ?

わからないから自分で研究するってことが
創作物ではできないだろ。神頼みしかない。そもそも真実もない。
神から情報が出されない限り、我々は動けない。
最も重要な「解決できる」ことを現実から差し引いてしまったら
そこでは何も起こらない。
疑問があっても答えがわからない世界が正しくて、創作物をそうしたいんなら
"研究"をさせてよ
研究できないで謎だけ置かれてもフラストレーションが溜まるだけなんだよ。


さらに、こんだけ矛盾がドバ^~って状態で
「答えがあるんですよ」ってどういうことやねん。
答えがあるんじゃなくて、答えを変えてるんじゃん。
現実には一切矛盾はありません。現実は常にそこにあります。
羽毛恐竜がどうとかで「俺たちのティラノサウルスのイメージが崩れた!」とか言い出すアホがいるけど
ティラノサウルスが変わったわけじゃないです。我々が間違っていただけです。
翻訳のミスがあっただけで、変わらない真実はいつだってそのままの姿であり続ける、これが現実。
創作物で現実に倣うなら、不変の真実を元に一切の矛盾が無い構築にならないといけない。
人間が神になるのは荷が重すぎるってことと、改めて現実のスケールの大きさを知れるよね。

いくら本を読んで、いくら多方面に取材をして、いくら教養を高めたとしても、
それだとどこまで行っても人から人への情報の伝搬でしかないんだよ。

学者の書いた本を読み、本職の人から話を聞いただけ。ネットで調べるのと同じ。
自分で直接謎に向き合ってるわけじゃない。自分で調べるっていうのはそういうことじゃない。
・・・。
神主が本を沢山持ってるのも神社とかに取材してるのも知ってるけど
神主は実際に"自分で調べた"ことが無いんじゃないかと思った次第です。

追記:ロスの講演で椛と文の耳、翼の有無を聞かれて「わかりません」と回答したらしい。
「答えがあるんですよ」とは何だったのか。ないじゃん。
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No title

それが東方世界の原作者の思想なんだから
それはそれで良いんじゃないですかね?
別段何も困りませんし問題も無いですし。

ぶっちゃけ酒混じりの妄想出力に整合性求めるより
ヘカさんって体が3つあって自家発電便利だね!って方に思考働かせた方が
不毛さが無くて健全な気がして?

No title

まさに言いたい事でした。
あえて謎を残すならそれを解けるだけのいわゆるフラグを立ててくれないとこちらが困るだけって言うパターンですね・・・
困る困らないの話でしたら私は困りましたけどね。ヘカーティアが気に入った奴(or面白い奴)を外の世界に連れて行って地球バージョンに案内させるって話を以前思いつきましたが、「性格が違う」「その性格は明かされていない」の二点で破綻しました。
全員異界バージョンの性格なら設定無視ですし、自分で考察するって言っても判断材料が赤青黄色だから青がクールで黄色が天然?とかそんな程度ですし・・・
ましてや今はネットの時代ですからね、今後明らかになって性格違うじゃねーか!とか明らかになる前の作品出されてにわか(笑)とか突っ込み入れられてもこれも困ります。
要は赤以外は描き様が無いんですよ・・・
自家発電するにしたってそこにいたるまでの掛け合いとか声は控えるのか出すのかとかありますからね

Re: No title

> それが東方世界の原作者の思想なんだから
> それはそれで良いんじゃないですかね?
> 別段何も困りませんし問題も無いですし。

いや、フラストレーション溜まるって言ってるじゃないっすか。

Re: No title

> まさに言いたい事でした。
> あえて謎を残すならそれを解けるだけのいわゆるフラグを立ててくれないとこちらが困るだけって言うパターンですね・・・

伏線がいつまでも回収されないとか、伏線があったことを否定されるとか日常茶飯事ですからね。
そして伏線が拾われた時だけ「答えがあるんです」って言われても何言ってだになっちゃう。

えーりんとさくやなんて、今やったらどうやっても
また永をレイプすることになるだろうからねぇ。

東方は敢えて詳細は語らないことでファンが自由に想像考察妄想出来る余地を残した故に今の人気がある、かなりの割合のファンは原作設定など対して気にせず二次創作由来や自身に都合の良いイメージでキャラや世界観を好きと言っているのは否めませんが、矛盾や説明不足まで敢えて自由に想像出来る余地を残しましたで誤魔化していないかとは思いますね。
何やってもファンは好意的に解釈してくれるとどこかに甘えがあるのか、どうせみんな原作なんて二次創作の素材程度にしか考えてないんでしょと卑屈からの開き直りなのか、どちらでもないの別の理由なのか…。

1個人としてはそれで多数派のファンが不満も疑問も持っていないならそうしたスタンスに文句を言っても仕方ないかなと思います。
ただこの前の鈴奈庵みたいに自身の主張や描きたい話ありきでキャラの性格をねじ曲げ過去の積み重ねをなかったことにしたり、結果的に特定キャラが貶められる形になるような展開だけは止めて欲しいですね。

最近の商業展開拡大、企業や一部人気同人サークルへの急接近も新たなファン獲得のため間口を広げたい、付き合い上やむを得ずという所はあるでしょうが公式と同人の境界を原作者自身が曖昧にしてしまう、
一部サークルを優遇したことによるその他大勢との軋轢(現に例大祭運営がイベント内企画のコストをサークル参加者全体に参加費上昇という形で負担させていると不満が出たりしてますし)や多数派のファンとの意識のずれが生じないかなと不安は感じています。
とりあえず純粋に面白いゲームと聞き応えのある楽曲をこれからも作ってくれるならまだ大丈夫かなと。
今後も短期間でのバージョンアップ商法の常態化、神主は嫌なのに企業側の都合で世界観が壊れるようなコラボ、フルボイス化、アニメ化などがなければ。

Re: タイトルなし

> 何やってもファンは好意的に解釈してくれるとどこかに甘えがあるのか、どうせみんな原作なんて二次創作の素材程度にしか考えてないんでしょと卑屈からの開き直りなのか、どちらでもないの別の理由なのか…。

ほんと、何でもかんでも良い部分しか拾わない人ってのが多数なのがすごくモヤモヤ。
自分は東方は好きだけど神主の今の言ってることとやってることの剥離はおかしいやろって思ってるんだけど、
とにかく東方が好きなら神主も好きでありなさい、常に褒めたたえ失敗は見なかったことにしなさい、
って人が結構な割合でいるのがなかなか宗教チック。

> ただこの前の鈴奈庵みたいに自身の主張や描きたい話ありきでキャラの性格をねじ曲げ過去の積み重ねをなかったことにしたり、結果的に特定キャラが貶められる形になるような展開だけは止めて欲しいですね。

あれの直前に「今月の鈴奈庵は面白いよ」っつってたけど
儚の時も相まって、神主が自分で「面白い展開だよ」って言った時って
十中八九、ただその場で思いついた突拍子もないことをやるだけやって気持ちよくなれましたって
そういう宣言なような気がしてならない感。

> とりあえず純粋に面白いゲームと聞き応えのある楽曲をこれからも作ってくれるならまだ大丈夫かなと。
> 今後も短期間でのバージョンアップ商法の常態化、神主は嫌なのに企業側の都合で世界観が壊れるようなコラボ、フルボイス化、アニメ化などがなければ。

上海アリスから出る東方は、その時のシステムによって当たり外れがあるのはしょうがないだろうから
「神主の作る弾幕ゲームが面白くなくなった」とかっていう感じはしないんですよね。
輝に比べたら紺はあんま面白くなく感じたけど、別に神主が衰えたとは全く思ってない。
バージョンアップ商法はこれで味しめたら続きそうな。
神主が嫌なことが企業によって押されるってことは無いと思うけど、
どっちかっていうと神主が好きで企業にアプローチかけていっての
コラボフルボイス化アニメ化は起こりそう。

No title

興味深く読ませていただきましたがイマイチ主張に賛同できない部分がありました。

『神主の言葉だとこの「人に聞いて調べる」と「自分で調べる」を混同してるのかしらんが』とありましたが、「調べる」を厳密に解釈しすぎているように思えます。
9頁と10頁の引用箇所は個人的にはすんなり納得できた部分で、むしろ貴記事にあったような『研究職』云々の件が唐突に思えました。
言葉を厳密に解釈しすぎて却って理解の幅を狭めているような印象を受けてしまいます。

また、本題とされている現実と創作物に関する部分についても意見させてください。
『さらに、こんだけ矛盾がドバ^~って状態で「答えがあるんですよ」ってどういうことやねん。答えがあるんじゃなくて、答えを変えてるんじゃん。』
とありますが、こちらは記事の主張を踏まえるのであれば「(創作物の作者に訊かない限り)答えがあるかどうかすら研究できない」ことになりますので「答えを変えてる」と決定することはできないのではないか、と考えます。
(作者が「変えることができる」ことと「変えている」ことは当然別事象です)
「研究する」を「不変の真理を見つける」と解釈するのであれば、物語の中のそれを見出すことは不可能であると私も思いますが、「現在分かっていることから客観的に導き出される解を得る」というのであれば、少なくとも現状で示されている情報を精査統合してある種の解に辿り着くことは東方作品においても容易であるとは思います。
例えば、比較言語学が「印欧祖語」を再構築したことなどは、「完全無比な正解を見つけ出した」わけではありませんが「研究」と呼べるのではないでしょうか。
また、その結果が例え矛盾していたとしても、それはそれで構わないのではないかと思います。
例えば、現実世界でも「光」が「粒子性」と「波動性」という一見矛盾した二つの性質を備えていることに対して、「まだ人間にそれを説明するだけの視点がない」としているのか「そういうものだ」と棚上げしているのかは分かりませんが、光そのものは現に存在しているものです。
現時点で矛盾と捉えられていることが時を経て解決に向かう可能性はあります。
それは現実でも物語でも同じことではないでしょうか。
(「自分自身で研究を進めれば真理に辿り着くことができる可能性がある」ことだけを絶対とするのであれば、物語というもの自体が否定されてしまうのではないでしょうか。)
『現実と創作物を一緒にしちゃあおかしくなるよ。』とありますが、冒頭の「調べる」の解釈に端を発した齟齬から、むしろ主張の内容それ自身が記事の中で物語に現実の活動を適用してしまっているように見えました。

いずれにしても興味深い内容でした。
こちらに主張の読み違いがあって暴論になってたら失礼しました。

Re: No title

> 9頁と10頁の引用箇所は個人的にはすんなり納得できた部分で、むしろ貴記事にあったような『研究職』云々の件が唐突に思えました。

9P10Pの引用元とのことですが、
「この世界は存在しているが、なぜ存在しているのかは誰に聞いてもわからない」とありますね。
神主は「現実らしさ」というものを重要視し、東方の設定についても
現実のように謎に満ちていたほうが楽しいだろうという考えであるのでしょうね。

そこで、現実と創作物(=東方)を比べてみようというのが記事の内容です。
現実では人に聞いてもわからないなら自分で解き明かすという手段があります。
ですが創作物にはありません。与えられた情報しかなく、研究という概念はありません。

神主の文章では「人に聞いてもわからない謎」をそこで終わらせてしまってるんです。
現実であれば自分で解き明かすことができるのに、
その方法が無い創作物の中で、ただ上っ面だけ現実をなぞっても歪になってしまう、
という話ですね。


> 「研究する」を「不変の真理を見つける」と解釈するのであれば、物語の中のそれを見出すことは不可能であると私も思いますが、「現在分かっていることから客観的に導き出される解を得る」というのであれば、少なくとも現状で示されている情報を精査統合してある種の解に辿り着くことは東方作品においても容易であるとは思います。

はい。ですが、
「変えてしまえる」為に研究が無駄になるという話ですね。
例えば「彼女はリンゴが好きである」という説明から「アップルパイも好きだろうか」と憶測を立てたとして
後々になって「彼女はリンゴは嫌いです。以前の設定は忘れて下さい」という大どんでん返しがありえるからです。
幻想郷と月の結界の設定はもう悲惨の一言ですね。
永の頃の設定はもうボコボコですわ。

> 現時点で矛盾と捉えられていることが時を経て解決に向かう可能性はあります。
> それは現実でも物語でも同じことではないでしょうか。

違いますね。
現実であれば、より詳しく調べたことで理論が上書きされることはあります。
ハルキゲニアの復元図や、羽毛恐竜なんかがわかりやすいですよね。
この場合、現実というものは絶対に間違いません。人間が間違っていただけです。

そもそも現実で今矛盾と捉えられてることってないですよね。
矛盾があったら研究して矛盾が起こらない結論を導き出せるからですね。
ついでに光はあくまで「粒であり波である」のであって「粒であり粒ではない」のではないことはわかりますよね。
矛盾のように見えるものと矛盾しているものは根本的に違います。
パラドックスってやつがありますよね。
哲学的で思考実験ばかりですよね。
パラドックスの解は矛盾したり矛盾しなかったりまちまちですが
どっちにせよ矛盾が起こり得るのは、人間の思考の中でのみなんですね。

創作物では「粒であり粒ではない」現象が起こります。
「全能者は自分が持ち上げられない岩を創造できるか」とか。
これが矛盾です。
どっちか片方を偽としない限り絶対に成り立たないもの、これを矛盾と言います。

結論からすれば
現実に矛盾はありません。論が矛盾しているならば解決することができます。
創作物には矛盾があります。論ではなく解そのものが矛盾しているので真は導き出せません。
いくら現実の真似事をしても、矛盾がある限りは私にはただのおままごとのように見える。
ということです。

> 『現実と創作物を一緒にしちゃあおかしくなるよ。』とありますが、冒頭の「調べる」の解釈に端を発した齟齬から、むしろ主張の内容それ自身が記事の中で物語に現実の活動を適用してしまっているように見えました。

そもそも創作物に現実の要素を盛り込もうとしたのが神主ですからね。
「この世界がなぜ存在してるかは誰に聞いてもわからない」と言い出したのは神主だし、
「こんな情報化社会で」とか言い出したのも神主だし。
「皆は謎を求めてる」も「実際は答えがある」も言い出したの神主だし。
なのでその論はおかしいと切り返したのがこの記事です。

No title

お返事ありがとうございます。

主張の内容は(恐らく)理解できました。
『現実と創作物を比べてみよう』という視点から見ると大変分かりやすくなりました。

ただ、個人的な感想ですが、記事の主張を全面的に受け入れるとすれば、それは物語に「謎」を出すこと自体に何の意味もないことのないように思えてしまいます。
主張をそのまま解すれば「研究することはできないのでその謎を自ら解決するという楽しみもないし、仮に「矛盾しない解」が示されても後に「矛盾する解」を出すことが可能である以上何の意味も持たない」と読めます(一貫した矛盾のない設定をいくら出したところで、後にそれを変更することが可能であるのですから)。
物語における「謎」についてどうお考えか、少し意見を伺いたい気持ちがあります。

それともう一点、東方とは全く関係がないのですが、『そもそも現実で今矛盾と捉えられてることってないですよね』と『どっちにせよ矛盾が起こり得るのは、人間の思考の中でのみなんですね』の部分にも少し意見があります。
自然科学において観察が重要であることは言うまでもありませんが、「現実」とは人間の「認識」した結果であり、「認識」は人間の「思考」そのものですから、あたかも「現実の中には絶対に矛盾が存在しない」と言い切るようなことは少し違うのではないかと思いました。
「客観的に検証可能である」ということは人間の思考によって成立するものですので、観察から得られた結果に真の意味での矛盾が起こりえないとは言い切れないのではないでしょうか。
現実を捉える上で重要な学問である数学では、ある種の公理系ではその公理体系の無矛盾性それ自体を証明することはできない、ということが証明されているようです。
言い換えれば、仮に現実に矛盾があっても、それが現実そのものの矛盾なのか、人間の思考による論理上の矛盾なのか、論理的な矛盾という反証がなされるまで確定できず、その反証が存在するかどうかも分からない、といえるのではないかということです。(やや哲学的ですが・・・)

話が逸れてしまいましたが、丁寧なお返事をありがとうございました。
またお時間があればぜひお話したいところです。

Re: No title

> ただ、個人的な感想ですが、記事の主張を全面的に受け入れるとすれば、それは物語に「謎」を出すこと自体に何の意味もないことのないように思えてしまいます。
> 主張をそのまま解すれば「研究することはできないのでその謎を自ら解決するという楽しみもないし、仮に「矛盾しない解」が示されても後に「矛盾する解」を出すことが可能である以上何の意味も持たない」と読めます(一貫した矛盾のない設定をいくら出したところで、後にそれを変更することが可能であるのですから)。
> 物語における「謎」についてどうお考えか、少し意見を伺いたい気持ちがあります。

少し勘違いなされているようですが、
私は外来異変2にて「現実のおける謎のありかた」
といった切り口で話が出てきたが為このような記事を書いたのであり、
フィクションの謎全体を無意味だと一蹴したいわけではないです。

確かに、後出しで設定が覆されるから何の意味もないというのは半分は真です。
矛盾まみれの作品は叩かれやすい傾向にありますね。
しかし、見事な伏線の回収、リアルな感情描写、
辻褄のあったストーリーは褒められる傾向にある。

推理小説は謎をド真ん中に置いて展開が進みますが、
しっかりと謎の外堀を埋めていき、
謎をブレさせないのが面白い推理小説ではないでしょうか。

外来異変2のコレが、スーパー文豪の意見ならばなるほどねとも思ったのですが、
東方の場合、度重なる矛盾設定上書き設定があり、
そういった、面白い謎という要素を公式に求める気分には私はなれていません。
私が鈴奈庵をあまり素直に楽しめていない最大の理由は
前編後編に分かれているにも関わらず、
後編=解決編で、今までの伏線も設定も描写も何もかも薙ぎ倒すような
ご都合主義展開がぶち込まれることが多々あったからだと思います。
置かれている謎があっちいったりこっちいったりブレブレなんです。

フィクションの謎って、
期待できる謎と期待できない謎に分かれると思いますよ。

Re: No title


> それともう一点、東方とは全く関係がないのですが、『そもそも現実で今矛盾と捉えられてることってないですよね』と『どっちにせよ矛盾が起こり得るのは、人間の思考の中でのみなんですね』の部分にも少し意見があります。
> 自然科学において観察が重要であることは言うまでもありませんが、「現実」とは人間の「認識」した結果であり、「認識」は人間の「思考」そのものですから、あたかも「現実の中には絶対に矛盾が存在しない」と言い切るようなことは少し違うのではないかと思いました。


現実は人間が認識した結果ではないです。
水深200mを超えたら生物はいないと考えられていた時代でも、
深海に生物は暮らしていました。
星々に神々を想像していた時代でも、
目に見えない遥か彼方の惑星は存在していました。
宇宙の外がどうなっているのかわかりませんが、
何かあるのなら今もそこに何かがあるのです。

それこそ、「誰に聞いてもわからないが、答えはある」とはこういうことでしょう。
まだ人が足を踏み入れていない領域にも世界がある。
人よりも現実のほうが大きく、人よりも現実のほうが古くからある。
人間がいなくても人間が認識せずともそこに現実はあり、答えはあるのです。

なぜ現実には矛盾が起こり得ないのかと申しますと、
現実には結果があるからです。
思考実験では結果はありません。机上論というやつですね。

矛盾の逸話から考えてみればわかるでしょう。
「矛で盾をついたらどうなるんだ?」
論より証拠、やってみりゃいいんですよ。
何度か言っている「現実では研究ができる」とは「実験もできる」ということですね。
頭の中では結果に結びつく実験はできません。はがゆいですね。

「どんなものも貫く矛」「どんなものも貫かせない盾」
必ずどちらかが偽になるんですからね。
故に現実では矛盾はありえないのです。
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